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それから、房一は歩きながら漠然とした沈思に落ちた。
「誰?相沢の知吉さんかね」
「さういふあんたはどなたで?」
「はあ、なるほど」
「坊は?」
「いつから――?」
「おい、今高間君が来ていたんだよ」
云はずと知れたことだ、といふやうに徳次はそのきよろりとした眼を上げて小莫迦こばかにした風に小谷を眺めた。大きい麦藁帽子を被つているので、小谷のやさしい顔立ちはひどく女らしく見えた。
これがこの小さな字である。
「さうだね。まさか医者の家に古障子の玄関といふわけにもいくまいね」
時々、澄んだ甘い柔味のある、痩せたすんなりした身体つきを想像させるやうな盛子の声が、はじめは稍張りのある調子で起つて、途中で何かしらはにかんだやうに細く聞えがたくなり、又時々ピツと語尾が跳ね上るやうになつて響いて来た。それは身体の動きとは別に、声そのものが絶えずどこかに柔かくくつついたり離れたり、又そこらを歩きまはつたりしているやうであつた。
「もう遅いんですよ、おぢいさん。泊つてつたらどうです」